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集合位相入門読書会第四回

XR 勉強会 集合論 集合位相入門

id:witchmakersと。元の無限列、集合族とその和集合、共通部分、直積、選出公理についてやりました。P42からP48くらい。ログに出てきた例はあとで上げる。

元の無限列、有限列

Nから一つの集合Aへの写像aのことを元の列という。この辺はよいとして、元の列a=(a_n)_{n \in N}\{a_n\}_{n \in N}とは違うことに注意が必要。\{a_n\}_{n \in N}のほうはいわゆる値域のことであり、重複は許されない。

ここまでは自然数で添字づけられていたことに注意。

元の族

「元の族」とは「元の列」を一般化した概念。「元の列」では、自然数によって添字づけられていたが、「元の族」では一般の集合\Lambdaによって添字づけられている。ある集合\Lambdaから集合Aへの写像aを(a_\lambda)_{\Lambda \in \lambda}と書きあらわす。

あとで問題になってくるけど、一般の集合を扱ってくるわけだから、元の族を数えつくせるかは分からない。

集合族とその和集合、共通部分

\Lambdaによって添字づけられた集合(A_\lambda)_{\lambda \in \Lambda}の各元A_\lambdaがそれぞれ一つの集合であるようなものを「集合族」という。集合系とどう違うんだっていう話が出てきたと思うんだけど、それはあとで上げる。

集合族(A_\lambda)_{\lambda \in \Lambda}に対して、1つの集合があって、どの\lambda \in \LambdaについてもA_\lambda \subset Xとなっている場合には、(A_\lambda)_{\lambda \in \Lambda}をXの部分集合族と言う。この辺でおいらが「Xがべき集合の場合は…」的なことを聞いた気がするのであとで上げる。

例を上げておこう。A_1=\{a\},A_2=\{a,b\},A_3=\{c,d\},A_4=\{a,d\}とするならば、X=\{a,b,c,d,e\}となる。

で、集合族の和集合と共通部分の説明があるんだけど、例を見ると分かる。でも、\forallとか\existsの記号で定義されたやつの読み方がよく分からないという話をしたんだけど、それもあとで上げる。

例を上げる。A_1=\{1\},A_2=\{1,2\},A_3=\{1,3,4\},A_4=\{1,5}とすれば、\cup A = \{1,2,3,4,5\}\cap A = \{1\}となる。

で、ドモルガンの法則が出てきたあとに(5.3)から(5.4)'があったりするんだけど、この証明方法がよく分からなかった。自然数で添字づけられているわけでもないから数学的帰納法は使えないし…。ということで困っていたんだが、@misho先生に助けてもらった。どういう方法があるかと言うと、集合が等しいということの定義を使うということだった。集合Aと集合Bが等しいということはA \subset BかつB \subset Aが成立するということを示せばよいということである。まだ示してないけど。

一般の直積、選出公理

集合族(A_\lambda)_{\lambda \in \Lambda}の直積\prod_{\lambda \in \Lambda}A_\lambdaが出てきたんだけど、定義(*)が直感的によく分からないよね、という話をした。

\Lambdaのどの元\lambdaに対してもa(\lambda) = a_\lambda \in A_\lambda

というやつである。これについてどういう解釈をしたかはあとで上げる。結構やっかいな話だった気がする。

で、「選出公理」というものについての話。これは結構controversialな感じのもののようだ。wikipediaを見てても認める派とそうでない派がいるらしい。

集合族(A_\lambda)_{\lambda \in \Lambda}において、(A_\lambda) = \phiであるような\lambda \in \Lambdaが少なくとも一つ存在するならば、\prod_{\lambda \in \Lambda}A_\lambda = \phiであることが証明されるらしい。ここの例もあとで(ry。

で、これの逆の対偶にあたる命題\forall \lambda \in \Lambda(A_\lambda \neq \phi) \Rightarrow \prod_{\lambda \in \Lambda}A_\lambda = \phiのことを選出公理、というらしい。

以下はこの命題を承認されたものとして進められていくんだが、こいつを認めると

この公理を認めると、一つの球を有限個に分割してそれぞれを集めて元の球と同じ体積の球を二つ作ることができるという、常識では考えられないことが起こる(バナッハ=タルスキーのパラドックス)。

となるらしい。えええええええー。でも、認めないと認めないで、証明できない命題があったりするらしいのでジレンマですね。なんでこんなことが起こってしまいうるかというとやっぱり無限集合のしわざのようです。

さて、選出公理をもうちょっと詳しく見ていくと「空でない集合からなる族(A_\lambda)_{\lambda \in \Lambda}が与えられたとき、\Lambdaで定義された写像aで、その各元\lambdaにおいてとる値a(\lambda)=a_\lambdaA_\lambdaの元であるようなものが少なくとも一つ存在する」ということを意味している。らしい。これは直積の定義、\Lambdaのどの元\lambdaに対してもa(\lambda) = a_\lambda \in A_\lambdaのことを言っているに他ならないのかな。

で、有限集合ならこれは自明なんだけど、無限集合になると全然自明じゃなくなってしまうらしい。「すべての\lambda \in \Lambdaに対し、A_\lambdaからそれぞれ一つの元a_\lambdaを"いっせいに"選び出して指定する」ということができないでしょ?ということに起因する。無限集合の場合、その"いっせいに"選出する方法が理想上の概念にすぎねーよー、ということらしい。この理想的な操作を認める、ということが選出公理を認める、ということになるようだ。

で、射影の話が出てきたので例を作って遊んだんだけど、それもあとで(ry。